H・Sクシュナー(ユダヤ教の教師)
神は正しい人々が幸せに暮すことを望んでいますが 時には神でさえ そうした状態にすることができないのです しかし 神は不幸を乗り越える勇気と忍耐力を与えて下さっている

ラインホルトニーパー(神学者)
神よ 我に与えたまえ 変えることのできないものを受け入れる冷静さと 変えるべきものついてそれを変える勇気と この両者を識別する知恵とを

シジフォスの下山(ギリシャ神話)
神から重い石を山頂に運ぶ罰を与えられたシジフォスは石がことごとく山頂から下に落ちるので 終わりなく働き続けた
「苦しく希望の持てない行為の中に 下山する一瞬の安らぎがある」

ロルナ・ミー
自分は精神性が高いと思うスピリチュアルプライドは 数あるプライドの中で最悪だわ 精神的指導者は皆ここでつまずくのよ

世羅武紀
君が言うように 信仰をしている人の中にもまともでない人が多くいる まともでないから信仰をするのだ 深く考え深く悩むから救われるのだ

奈良 毅
結果は これで良かったんだと 全て肯定しなさい

ひろさちや(仏教評論家)
成功は人間を努力と無関係だという考えでないと宗教にはならない

山崎莞爾
真言宗のお坊さんは食事の時に何と言いますか 食うかい(空海)
前世の因縁だから  全てを解決してしまう絶望の言葉 「それを言っちゃ おしまいヨ」

ダライ・ラマ14世
自分のしたいことが 自分の知らない内に人の役に立っている形になるまで修行をしなさい

アウグスチヌス
奇跡を求める人は祈り 成果を求める人は働く

宮本武蔵
神仏は尊し 神仏をたのまず

曽野綾子  身代わりでアウシュビッツで亡くなったコルベ神父について
「落葉の声」  善きことをすれば必ず報いてくれる「神」などというものは この世のアホな人間が考え出したハリボテの神であった
神は人間に使命だけを与えているように見える 使命は幸福などというものとは丸っきり無関係であった
使命を自覚した時にだけ「幸福」の実感は火が付いたように燃え上がるかもしれないが いずれにせよそれは惨憺たる幸福だ           

ヨハネ伝12章24節  キリストのことば
一粒の麦 もし地に落ちて死なずば ただひとつにてあらん 死なば多くの実を結ぶべし
自分の思いや願い 自分の計画より 神様の御心が実現することをまず願うのです 自分の思いや願いは神様にまかせてしまうのです

佐藤 優著 「古典でしか世界は読めない」
キリスト教 イスラム教双方の聖書である旧約聖書を読むと ユダヤ人に敵対した者を徹底的に殲滅しろと説く 神の激しさに度肝を抜かれる

風水の利益 曹洞宗の教本より
吹く風と流れる水のありがたさ

佐々木 閑(花園大学教授)
仏教は ひとりひとりの生き死にの問題に関してそれだけを突き詰めるもの 社会をどうしようとか 人類の平和に貢献しようとか そういう宗教ではありません
日本の既成教団は仏教サンガを作らず存在しています お話をしたりアドバイスをしたりはできるけど その人の人生をまるごと引き受けることのできない  

修證義 第三章 受戒入位 菩提心  人に尽くす心

修證義 第四章 発願利生 利行一法  他を利することは 自を利するに通じる

フクシマ・フィフティーズ・ヒーロー 震災直後 福島第一原発の現場で働いている作業員に対するアメリカからのメッセージ
ある人が救われるためにある人は犠牲にならねばならない、というユダヤ・キリスト教の精神

何事のおはしますか知らねども かたじけなさに涙こぼるる  西行法師

誰が祀られているかは わからないが ここに来たら自然に涙があふれてくる という神道の精神

神について
絶対確実な真実 永遠不変な真理があるのだ という想定に人間たちは常に下がってきました 神の徳と威厳を称えた聖典の語句が修辞に満ちているのも あるいは教会 寺院の建物が荘厳で その儀式が重々しい所作に溢れているのも 皆それは人間たちが この不確実な世界において いかに絶対的なものを求めているのか ということの証しにほかならない

不確実や不安に対し 絶対を求めて信仰に行くか 開き直ってニヒリズムに行くかの両極端がある
私に代わってあの方が死んで下さったという「代受苦」という考え方が仏教にはあります
キリスト教の「受難」はこれに近いかもしれませんね
山折哲雄(宗教学者)

すべては神の意志であると考えるのがキリスト教の本質である
山折哲雄(宗教学者)

自然と人間を含む全ての存在の創造主である神への信仰を考えれば 大震災に際して持った一番強い感慨として 人間はもっと謙虚であらねばならない
池内 潤(日本カトリック司教協議会会長)

開祖も宗祖も教義も救済もない宗教が神道である
島田裕巳著「神道にはなぜ教えがないのか」

人が神として祀られるケースは少なくない 神道で祀られる神は 人の都合によって勝手に増えていく 若宮八幡(源 頼朝) 新田八幡(新田義興) 豊臣神社(豊臣秀吉) 大宰府天満宮(菅原道真) 東照宮(徳川家康) 乃木神社(乃木希典) 明治神宮(明治天皇) 阿佐田哲也神社(新日本麻雀連盟)

神は 神社に赴いて願いを捧げる人々の思いを受け止めてくれる 神のすることはただそれだけで積極的に救ってくれるわけではない 神は救いの手を差し伸べてはくれない
島田裕巳著「神道にはなぜ教えがないのか」  

神道は教えがない分 他の宗教と対立することがない
神社には 美術的な価値の高い像や書 建物がないので拝観料をとられない
教団を必要としないので あらゆる人のためのものである
島田裕巳著「神道にはなぜ教えがないのか」 

愛する人が亡くなった後も 私達の感情エネルギィーのいくばくかは 亡き相手に結ばれたまま残っているものです 私達はそのような強い執着を少しずつ清算し 行き場を失った感情エネルギィーを新たな人間関係に投入していかねばなりません こうした課題のためにも 告別としての葬儀は極めて大きな意義を持つ社会的儀礼だと思うのです
アルフォンス・デーゲン神父

動物を殺し 植物を滅ぼすのを差し控えることは迷信の極みであるとキリスト自身が教えている 動物や植物には霊魂がないのだからアニミズム的な態度をとるべきではない それは創造主としての唯一の神に対する背信である
加藤尚武著「環境倫理学のすすめ」

人間は自然に対し特権をもっている
アウグスティヌス

仏教は 究極的には執着をなくしてしまえば苦悩もなくなってしまう地平を目指します 社会を変革させようとするよりも 日常生活の自分の心と体を整える方に重点を置きます
釈 徹宗(浄土真宗本願寺派如来寺住職)

受精してから胎内の7~8か月位の間の体験を前向きに体験するか後ろ向きに体験するかによって 前世と来世という概念が出てくる
吉本隆明著遺書

向こう側の「ある場所」から見られたら 完全に事柄の全体像が分かるはずと考えます 向こう側から見ることを実現するのは宗教かもしれないし哲学や思想かもしれない あるいは文学や詩歌かもしれない
吉本隆明著遺書  

自然に死ぬ時が来たら死ねばいいんだ
親鸞

香をたむける行為とは 故人に対し尊敬の念を運ぶことです 尊敬される価値のある人間であるか?
法事での法話

God’s tool 人間は神の道具