まじめ 勢古浩爾
「まじめでおとなしい」は揶揄を含んだ否定の言葉
まじめとは確信犯的である 信念のためなら自分の可能な限りなんでもやる 上も下も無い 右も左も無い 「本気」の関係を維持するためには裏切りも暴力も辞さない 法律も常識も最終的には関係ない ただし人間関係にふまじめであることは自分は許さない
自分の保身と証明(自分を評価されたい)のためだけに他人を馬鹿にし非難し侮蔑する

アリストテレス
真実そのものよりも 真実らしいことの方が より真実である場合がある

矢沢永一(関大教授)
人と人の間には必ず断絶がある この断絶を認めつつ 各人の私利私欲を認めていく
従卒の目に英雄なし
笛吹かず 太鼓叩かず 獅子舞の 後足なる 胸の安さよ

藤波考生(政治家)
冬菊の 楚々たるさまを 鑑とす

ジョバンニ・ダーリオ
良識とは 受身に立たされた側の云々することであります 反対に 行動の主導権を握っている側は 常に非常識に行動するものであります

上善如水(上善とは水の如し 上善とは理想的な生き方)
水は器によってどのような形にもなるし 人の嫌がる低い所にも流れる 滝にも 急流にもなる強さがある

G・ハート(翻訳家)
良心とは ばれなかった時に痛み出す 非合理な心

二宮清純(スポーツジャーナリスト)
スリーパーとは潜在能力であり能力の含み資産である
数値で表せるのは顕在能力
相手の「世迷言」を真っ向から受け止めるのが 友情にしても愛情にしても 情愛を感じる相手に対する「礼儀」ではないだろうか
嫉妬とは 本質的に 失うかもしれないという恐怖から生ずるものであり 羨望は 得たいと内心では思っていたものが得られそうもなく それを実際に得ている者に対して抱く感情なのだ
自分でも 他者でも 限界があることを知り それでもなお全力を尽くすのが人間とわかれば 人間は自然と優しくなる

准 南子
桐一葉 落ちて天下の 秋を知る

豊田泰光(野球評論家)
奉仕活動  自分でやるにはテレがあり 他人がやるのはやっかみがある

野村雅一(国立民族博物館教授)
泣くことは確かに内面の感情の表示であるが それは同時に極めて社会的で演劇的な行為であるのだ 感情を周囲の他者と共有しなければ伝わらないし 伝われば共有を迫るからだ

ルイ・シュバイツァー(ルノー会長)
根を切った切花は しばし美しいが ほどなく枯れる
見る人の 心ごころにまかせおき 高嶺に澄める 秋の夜の月

寺山修司(詩人)
たった一人の長距離ランナー 過ぎしのみ 雨の土曜日 何事もなし

シェークスピア
怒りは怒馬の如し その進める方向に一直線に驀進し その道に横たわるものは全て これを害し ついに己を害するに至る

檜垣安範君の墓を初めて訪れ「墓守に 尋ねし君は 石の塊」に対し
奥様美保子さんより返歌 「夕顔の花 一輪咲く闇に 人は純粋を異端と言えり」

山崎莞爾
方向を間違わない亀の歩みでありたい
自分だけの小さく固く結んだこだわりを大きな欲で解き放ちたい

曽野綾子(作家)「砂漠・この神の土地 サハラ縦断記」
人を信じない世界は思いのほか爽やかである 日本人のように人を信じすぎると小さなことでも裏切りに思え傷つく (トラブルが無いことが)当たり前と信じきっている想像力の貧困な善人には(この幸福は)とうてい与えられないものであろう

曽野綾子(作家)「謝罪の時代 昼寝するお化け」
愛というものは 相手を良いと思われる方向に むりやりに方向転換させることではない むしろじっと見守ることだ ということは聖書で学んだ しかし私たちは相手を変えさせることのほうが ずっと好きなのである

曽野綾子(作家)「時の止まった赤ん坊」
退屈ということは実に偉大なエネルギィーの貯蔵庫である 退屈を感じた時に 人間は何をすべきか考える・・・・退屈はテレビさえなければ 簡単に作り出せる テレビの偉大さも最悪もそこにあるのだ テレビによって偉大な人間が出にくくなることも本当なら テレビによって 社会のことをよく知っている老人が増えたことも忘れてはならい

曽野綾子(作家)
誰にでも等しくある悪と不純を認めれば 心が解放され 魂の自由を手にする

曽野綾子(作家)
人間の中には穏やかさや平穏無事を愛する気持ちと同時に 不気味なこと 残忍なこと 異常なことにも興味を抱くという本能が埋蔵されている だから平静に考えれば 人が悪に対して甘美な思いと隠れた楽しさを感じる機能は 善に対する憧れを持つのと同様に 極めてノーマルなと言って悪ければ普遍的な人間性である

阿川弘之著「大人の見識」
いったん自らの状況の外に置くという姿勢 対象にのめり込まず距離を置くという余裕 がユーモアの源である

阿川弘之著「大人の見識」 大東亜戦争開戦を知った国民のスッキリ感
物事が宙ぶらりんの状態で延々と続くのが人の魂をいちばん参らせる その状態がどっちかへ決した時 人は大変な気持ち良さを味わうのだが それが国の指導者に伝染すると その国は存亡の危機に瀕する 英国のエリートは 物事がどちらかに決まらない気持ちの悪さを延々と耐えねばならないという教育をされている

辺見 庸(作家) 震災特別寄稿の要約
安寧のなかの余裕としての愛や誠実 やさしさを非常事態下 絶対的困窮化でも実施したい

仲 真紀子(東京都立大学人文学部助教授)
記憶というのは 個人の内部を一貫させる作業なのだ そして時間とともに失われたり 他の記憶と入り混じったり 一般的な知識や期待によって変化したり作られたりする

崎尾英子(国立小児病院心療内科医長)
人間は結局 自分の心にアクセスできるのと同じ程度にしか 他人の心にアクセスできません

河合隼雄著「人の心はどこまでわかるか」
日本はもともの母性的社会です カウンセリングでは母性を基盤にしつつも どこかの段階でずばりと父性を出さなければならない時があります 父親の父性が不足していると思ったら 子供の方も 父親の父性を鍛えるため色々なことをします 家庭内暴力で子供が暴れたりするのも 父親の父性を鍛えようとしている面もあります 父親がきちんとした父性でもって応えられないと どんどんエスカレートします

辺見 庸(作家)著「もの食う人びと」
実存は本質に先行する
我々はあらゆる事象に意味を付加しなければならないと考えてしまう習慣がある

鷲田清一(哲学者)
 現在は 存在の根拠性を必要とする時代
食べるの困らない現在は 存在の意味が問われる

認知的不協和の解消(フェスティンガー)
自分の心の中に つじつまの合わない状態を抱えたままでいたくないという動機で 失敗を正当化する

好意の返報性   自分を認め 褒めてくれる他人に 人は好意を寄せるようになる

神門善久 農学博士 明治学院大教授                                             人は自分の頭の中で作った物語に沿ってでしか物事を理解しない 決まった回路で考える方が楽だからである

D・カーネギィー著「人を動かす」                                           人は感情の動物であり しかも偏見に満ち 自尊心と虚栄心によって行動する→批判も非難もしない 苦情も言わない

D・カーネギィー著「人を動かす」                                              人間は 他人のことには関心を持たない ひたすら自分のことに関心を持っている 朝も 昼も 晩も

D・カーネギィー著「人を動かす」を読んでの感想                                        人は誰でもリスペクト(敬愛・重要視)されたい

善人は 自らの善意に磐石の自信を持っているので 相手の被った迷惑に対して殆ど認識をしていない あるいは 時に指摘されると 自分は善かれと思ってやっているのだと開き直る 善意とは 自己肯定のためのアリバイなのです
福田和也 

素朴であること 純真であることは そのままでは何の価値もありません それは単なる傍迷惑な幼稚さに過ぎないのです いかなる真実も 虚偽の助けを得られなければ 真実として輝かないのが 人間たちの世界なのですから もしあなたが真実を愛するならば まず何よりも虚偽に通じなければならないのです
福田和也 

接客マニュアル 福田和也 
エアロビクスという競技がありますね あの競技は 演技者がとんだり跳ねたりしながら始終笑っているという気持ちの悪いものですが あの笑いとファーストフードの笑いは同じです

ミスティフィカシオン
訳のわからない 容易に安心できない雰囲気を漂わすという意味
微笑と 腰の低い態度 目立つことの無い上品な身だしなみの中で作り出す威圧感こそ エレガンスの完成地点
福田和也 

人間の基本感情 とくに対人関係のほとんどすべてが 嫉妬と虚栄心から出ています だから虚栄心をとなわない善意はありませんし 嫉妬を内に含まない祝福も存在しません
福田和也   

自らが虚栄心に駆り立てられていることを知りながら なお善をなそうとすること それが大人であるということなのです
福田和也 

いかな嫉妬が胸中に渦巻いていようと ほほ笑んで仲間の幸運を祝うことは気高いことです 嫉妬の苦みはシャンパンの泡を楽しむための絶好のアミューズになるでしょう
福田和也 

自分の興奮や喜び悲しみなどを相手にストレートに伝えて その認識を確認すること それはまさしく 会話の喜びの本質をなすものです
福田和也 

人間の向上心を考えた時 虚栄心というのは なかなか頼もしい味方なのです
福田和也

拡大の持つ時に人は高揚しますが 持続だけを目標にするには強い意志か さもなくばある種の覚悟ないし諦観が必要です
玉村豊男著「里山ビジネス」

努力と報酬の間の相関関係を根拠にして行動することそれ自体が武士道に反する
内田 樹著「日本辺境論」

ボランテイアの人達は無報酬で善意でやっているんだという顔をしている ホスピスと一緒でいつだって「自分たちはいいことをしているんだ」と思っているわけです
吉本隆明

人類は根拠のないタブーを作らないと済まない 被差別部落問題やユダヤ人問題
吉本隆明

差別といじめはこの世からなくならない 世界はそもそも誰かをいじめるような構造になっている
柳 美里(作家)

人間の野生化を陶冶し飼い慣らすためにの文化装置の一つとして学校制度がある 山折哲雄(宗教学者)

若衆宿がある 司馬遼太郎(作家)
英国のパブリックスクールがある装置の言葉として「お仕置きをする」や「お灸をすえる」や「良薬口に苦し」や「愛情のムチ=愛より情のムチがある」

平家ハアカルイ(中略)アカルサハ ホロビノ姿デアラウカ 人モ家モ 暗イウチハマダ滅亡セヌ
太宰治著「右大臣実朝」

絶望しても 絶望したところから始めるのが いちばんいいんじゃないんですか
谷川俊太郎(詩人)

真の愛は決して時間という限界に甘んじたりはしない むしろ永遠こそが愛を構成する本質的な要素なのである
アルフォンス・デーケン神父

ユーモアというものは一般に 現実をごまかしなく正視するところから生まれる自由な精神の表現なのですが 上質なユーモアがなかなかないのは 人生を達観する人が早々多くないからです
曽野綾子(作家)

ガン患者に病名を知らせるとは 決して避けられぬ死を宣告することではありません 告知はよりよく生きるための援助であり 困難を乗り切る勇気と希望をもたらす出発点であるべきなのです
アルフォンス・デーケン神父

悲嘆を克服する最上の道のひとつが 似たような体験をした人々との人格的な出会いであり 同じように苦しんでいる他の人々への思いやりです 悲嘆を体験している人は ある種の飛躍を敢行し おのれの狭小な自我を超越して 積極的に他者への関心を向けなおさなければなりません
アルフォンス・デーケン神父

今の子供や若い人には 現実的でない 空想的としか思えない絶対平等の意識がある 子供や後輩から思いがけない否定的な言葉に立ちすくむ 世の中は決して自由でも平等でもないのに
山崎莞爾

自分にとって好ましいストーリーを作り 思い込みで本当の姿を見誤っている   山崎莞爾
田舎の人が素朴でもないし お茶やお花をする人が淑やかであるわけでもない
山崎莞爾

エレベーターの扉が自然に閉まる三秒が待てない人は 人の話を最後まで聞けない
渡辺和子(ノートルダム清心学園理事長)

フロイトの時代は 生まれてから後の乳幼児期の無意識を重視した
吉本隆明著遺書

人間は嘘をつく時は必ずまじめな表情をする
吉本隆明著遺書

ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの
室生犀星

相手に悪意が無い分断りにくい 悪意で起こることを阻止するより 善意で生じた亀裂を修復するほうがやっかいでは  湊かなえ著ユートピア

遠くから眺めると良いことをやろうと みんなが同じ方向に向いてるようでも 近かづいて観ると それぞれが少し違う方向を向いている 長く続けていると 気が付いたら大きな溝ができていることもあるんじゃないかな ふと立ち止まり 隣の人がどこを向いているのか確認するのが大切だと思う  湊かなえ著ユートピア

人間は例外なく自分の判断の客観性を過大評価する傾向にあります 己にとって自明であり 自然と思えることを そのまま現実と思いこまないこと 自分の常識を他の時代 他の社会 他の人間の経験に無批判的に適応しないこと それが第一に必要とされる知的資源です 私たちの自己中心性と愚鈍さの核にあるのは 判断基準のでたらめさではなく 判断基準のかたくなさです

人間は嘘をつく時は 必ず真面目な表情をする  吉本隆明著 遺書